大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和29年(行)4号 判決

原告 戸嶋専一

被告 秋田県知事

補助参加人 三浦伝正

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が別紙目録記載の土地につき昭和二十二年八月二十日付秋田ろNo・南五百十八号戸嶋専治あて買収令書を以てなした買収処分は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」、との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録記載(い)(以下甲地という。)、(ろ)(以下乙地という。)の土地は原告所有のものであるが、被告は右土地に対し、旧自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条第一項第一号に該当する農地として、昭和二十二年八月二十日付秋田ろNo・南第五百十八号戸嶋専治あて買収令書を原告に交付して買収した。

二、けれども右買収処分は次の二点に於て違法である。

(イ)  前記買収令書の名宛人は前記の如く戸嶋専治と表示してあり、これは所有者たる原告とは全くの別人であるから該令書による右土地に対する買収処分は所有者以外のものに対し為された違法がある。

(ロ)  右土地は二筆とも地目は畑となつているが現況は山林である。即ち原告先代専之助は昭和四年ごろ右土地一帯に杉松を植林し、爾来山守を置いて管理育成して来たものであつて、買収当時は二十五、六年生の杉五百数十本、松百数十本が密生していたのである。もつとも右土地中甲地のうち北側の一部は山守訴外三浦源蔵が昭和十七、八年ごろ豆及びいもを植付けたことあり、東側の一部は訴外三浦伝正に小作させていたから、これらの部分は畑となつていたが、該部分は甲地全地域に比すれば極めて僅少地域に過ぎないのであつて、甲地の大部分及び乙地全部は前記のような山林であつたのである。ところが訴外三浦伝正は右買収処分後の昭和二十六年秋ごろ、乙地の南東部の一部の立木を伐採して畑とし、又昭和二十九年四月二十九日ごろ爾余の甲、乙地域の立木を全部伐採した上乙地域全部を開墾したものである。しかし買収当時は前示のように山林であつたのであるから、これを不在地主所有の農地としてした右買収処分は違法である。

しかして右事実のような違法は重大且つ明白なものであるから右買収処分は無効というべきである。よつて右買収処分の無効確認を求めるため本訴に及ぶと述べ、被告の答弁に対し、本件土地に対する買収計画並びに買収処分に対し原告が法定期間内に異議訴願を提起しなかつたことは認める、と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告請求原因事実中(一)の事実は認める。(二)の事実中(イ)の甲、乙両地に対する買収令書の名宛人が戸嶋専治となつていることは認めるけれども、これは所有者たる原告戸嶋専一の誤記であること明瞭であるから右令書は原告宛になされたものとして有効である。

(ロ)の事実中右土地が公簿面上畑であること、右土地に原告先代訴外戸嶋専之助が杉松を植林したことがあるとの点及び右土地を訴外三浦伝正に於て小作していたこと(但しその範囲はいずれも後記のように争う。)は認める。その余の事実は次のように争う。

元来右土地は訴外三浦伝正の所有で公簿面上も又実際も完全な畑地であつたが、同訴外人はこれを明治四十二年二月二十三日原告先代戸嶋専之助に売却の上、これを原告先代より引き続き賃借小作し来つたものである。従つてその小作料も右土地二筆全部及び他の小作地三反三畝歩を合わせた分として毎年大豆三斗入三俵を支払つて来たものである。但し右甲、乙両地内よりたまたま石材が採堀され、該採堀部分の畑地が荒廃するので原告先代専之助所有時代専之助が右荒廃部分に杉松を植林したことは前記のように認めるけれども右植林部分は右土地の極一部分に過ぎない。

以上述べたように本件土地は公簿上の地目は勿論のこと、現況もその大部分は畑であつて訴外三浦伝正が小作していたものであり、且つ所有者たる原告の住所は右土地の所在する脇本村でなく、隣村の払戸村であるため自創法第三条第一項第一号に言う不在地主の小作地として、脇本村農業委員会に於て本件土地の買収計画を立て、右計画に基づき、被告は原告主張日時に本件土地の所有者たる原告に対し、買収令書(秋田ろNo・南五百十八号)を交付して買収したものであつて、右買収処分には何等違法の点は存しない。仮りに原告主張のように右土地の内に一部山林の部分があり、これをも農地として買収したことが違法であるとしても、右は取消原因たるに止まるものというべきところ、前記脇本村農業委員会が買収計画を立てるに当り、不在地主たる原告にその旨を通知したが、所有者たる原告からは右計画に対し法定期間内に異議申立がなく、又右買収処分に対しても該令書を受領したまゝ、法定の出訴期間を徒過している。故に前記買収計画並びに買収処分の効力は確定し、最早その効力を争い得ぬものと言うべきである。

よつて何れにしても原告の本訴請求は失当である。と述べた。(立証省略)

被告補助参加人代理人は原告は前示買収令書を受領しながら氏名の誤記に関し何等の異議申立もせずに代金を受領している。又甲地の一部は原告家において杉を乙地の一部には参加人において松を植林したものであるが、右は採石跡地の荒廃を防ぐ為のものであつて、寧ろ農地の休閑地というべきものである。又右農地は山間部の急傾斜地であつて斜面の崩壊を防止する等の為にも植林されているのであつて、このような畑地における耕作地積と植林地積との比較によつて農地、非農地を決するというが如きは山間農耕の実態を無視した考えであつて排斥さるべきである。たとえ植林地積が耕作地積に比し大なりとしても農地というべくこれを農地として買収するは少しも違法ではない。仮りに右主張が容れられないとしても、前示山林部分は買収当時は幼令林であり且つ疎林であるから、これを買収しても無効とはいえない、と述べた外は被告代理人と同趣旨の答弁をなした。(立証省略)

理由

原告主張の本件甲地(秋田県南秋田郡脇本村大字浦田字鍋倉百番三反四畝二十五歩)及び乙地(同所九十八番一反五畝十七歩)が登記簿上畑として登載されていること、右土地が原告所有のものであること、右土地に対し被告が昭和二十二年七月自創法第三条第一項第一号の規定に基づき不在地主の小作地として買収手続をすゝめ、同年八月二十日秋田ろNo・南五百十八号戸嶋専治宛買収令書を発し、そのころこれを原告に交付して、買収処分をなしたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

よつて原告主張の違法の点につき順次判断する。

(イ)  買収令書の名宛人が異なるとの点

買収令書の名宛人は戸嶋専治と記載されて居ること右のとおりであるけれども、右買収令書を原告が受領していることも右のとおりであつて、これ等事実と成立について争ない甲第三号証の一、二を綜合すれば右買収令書の名宛人を戸嶋専治としたのは、原告戸嶋専一の誤記であること明らかであるから、右を以て違法無効ということはできない。

(ロ)  現況山林を不在地主の小作地として買収したとの点

先ず甲地について考える。証人稲川直剛(後記採用しない部分を除く。)三浦源蔵及び原告本人(後記採用しない部分を除く。)の各供述に鑑定人工藤善次郎の鑑定並びに検証の結果を綜合すると、甲地の実測面積は三反九畝八歩であつて、本件買収当時たる昭和二十二年八月ごろの現況は北側実測四畝十二歩の部分を訴外三浦源蔵が耕作して畑に造成され、東側の実測一反九畝二歩の部分は参加人三浦伝正が以前より賃借小作して来た熟畑であり、爾余の部分は農地に造成されていなかつたこと、該未造成地域には直径約二寸乃至九寸の松杉等生立していたけれども幼令木の部分が多く、且つ疎林であつたことを推知することができる。これ等事実と本件甲地が公簿上畑地であること前示のとおりであることを綜合すると、右土地を全部不在地主の小作農地としてなした本件買収処分は違法ではあるが、該違法は取消原因となるは格別無効原因たる違法ありということはできない。

次に乙地について考える。前掲採用の各証拠に公文書であるからその成立を認め得る甲第四号証を併せ考えると、乙地の実測面積は一反七畝十二歩で、前示買収当時の現況は約十一、二年生にして直径二寸乃至三寸の松杉が生立せる幼令林であつて美林とはいえないこと、右乙地は元畑地であつたが、その一部から石材を採取するようになつた為昭和十一年ごろ前示のように植林したものであること、右のような関係から公簿上は依然畑地となつていること前示のとおりであること、以上の事実が認められる。右認定の趣旨に反する証人稲川直剛、原告本人の各供述部分は措信せず他に右認定を左右するに足る資料は存しない。

右事実によれば乙地を農地と誤認してなした本件買収処分も又違法ではあるが、右の違法は取消原因たるに止まり、無効原因たる違法には当らないというを相当とする。

以上のとおりであるから本件買収処分の無効なることの確認を求める原告の本訴請求は失当として棄却することゝし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十四条後段を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小嶋弥作 小友末知 松本武)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例